カテゴリ:映画三昧( 179 )   

「光」   

おととい(火曜日)、新宿武蔵野館で「光」を観た。

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原作は、三浦しをんの同名小説。

ただ、私が好きな彼女の小説、たとえば「風が強く吹いている」や「舟を編む」とは、一線を画する。

とにかく暴力的で不気味な作品である。

東京の離島・美浜島。

そこに暮らす幼なじみの3人、中学生の信之と美花、小学生の輔(たすく)。

信之と美花は恋人同士。

信之を兄のように慕う輔は、父親から激しい虐待を受けている。

ある日、信之は森の中で美花が男に乱暴される光景を見て、美花に乞われるまま男を殺害する。

目撃した輔は、殺された男の姿をカメラに収める。

翌日、地震が発生し、島は津波で壊滅状態に。

あの森での出来事も、消滅したはずだった。

25年後。

役所に勤める信之は、妻子と一見平穏に暮らしている。

美花は出自を封印し、芸能界という華やかな世界で脚光を浴びる。

ある日、もう会うこともないはずの輔が、信之の前に現れる。

消滅したはずの過去を携えて。

信之に井浦新、輔に瑛太、美花に長谷川京子が扮している。

粗野で薄汚い瑛太も迫力があるが、表情のない井浦新が不気味で怖い。

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輔は、美花のために信之が自分を殺すことはわかっていた。

それを望んでいたのかもしれなかった。

信之の美花への愛がいびつなら、輔の信之への思いもいびつな愛の形なのかもしれない。

血まみれの瑛太より、能面のような井浦新の方が、やはり怖かった。

観ている間はずっと不快だったけど、観終わったあとは切なくなった。

暴力的だろうと、これは愛の物語かもしれないね。
                                          

新宿武蔵野館のロビー。


     僕たちは、人間のふりをして、生きている

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by masayama-chan | 2017-12-07 15:24 | 映画三昧 | Comments(2)

愛を綴る女   

冷たい秋雨が降り続いている。

昨日は冬のような寒さの中、ダウンコートを着込んで新宿まで映画を観に行った。

「愛を綴る女」

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予告編は一切なく、いきなり本編が始まった。

1950年代、ラベンダー畑が広がる南仏の小さな村。

両親と妹と暮らすガブリエル(マリオン・コティヤール)は、若く美しく情熱的な女性だ。

だが、奔放で衝動的な性格は問題も引き起こす。
教師に一方的に恋をしたあげく、拒絶されると尋常ではないヒステリックな行動に出る。

そんな娘を心配した(というより持て余した)両親は、スペイン人季節労働者のジョゼとの結婚を強要する。

親が決めた好きでもない男との結婚にガブリエルの心が満たされるわけもなく、残酷な言葉を夫に向ける。

「あなたを絶対に愛さない」と。

結婚後ジョゼの仕事は軌道に乗り、妻が気に入りそうな瀟洒な自宅を建設する。

一方、ガブリエルには腎臓結石が見つかり、スイスの療養所で温泉治療を受けることに。

果たして、そこには運命的な出会いが待っていた。

重い病で入院中のインドシナ戦争からの帰還兵アンドレに、身を焦がすような恋をするのだ。

最後まで、主人公ガブリエルには感情移入ができなかった。

情熱的というと聞こえはいいが、自分の欲望にだけ忠実で、相手の気持ちを思いやることのできない未熟で身勝手な女だ。

そんな妻を見守り続ける夫ジョゼの寛容さ、包容力、温かさに、最後は泣きそうになった。

ガブリエルは、17年という年月をかけて、やっとそこにたどり着いたのだ。

終盤の思わぬ展開に余韻が残る。

観終わってみれば、とても素敵な映画だった。

でも、観客は10人くらい。寂しい~。


新宿武蔵野館のロビー。

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by masayama-chan | 2017-10-20 12:18 | 映画三昧 | Comments(0)

「サーミの血」   

北欧の先住民族「サーミ人」のことをご存じだろうか。

私は、木曜日(21日)に新宿武蔵野館で観た「サーミの血」を通して、その存在を初めて知った。


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1930
年代のスウェーデン・ラップランド。

自然豊かな山間部に、サーミ族がトナカイを放牧し、テントを張って暮らしている。

妹と寄宿学校に通うサーミ人のエレ・マリャは聡明な少女だが、スウェーデン人からは劣等民族として激しい差別を受けていた。
                                             

進学を望むエレ・マリャに、スウェーデン人女教師は言う。

「あなたたちの脳は文明に適応できない」「街に出れば絶滅してしまう」
                                        

福祉国家のスウェーデンには自由で開放的なイメージがあるが、そんな屈辱的な差別が存在していたことに驚いた。

でも映画は差別を告発するというより、エレ・マリャという一人の少女の生き方を描いている(と私は思う)
                                      

エレ・マリャは、教師になる夢を叶えるために故郷を捨てる。
トナカイを放牧しテントで暮らすサーミ人の伝統的な生き方と決別する。

どんなに差別や辱めを受けようが、どんなに現実が厳しかろうが、決してめげない。

真っすぐに前を見つめる意志的な瞳は、どこまでも強くたくましい。
                                             

監督の父親はサーミ人。

主人公エレを演じたスパルロクもサーミ人で、今もトナカイを飼い暮らしている。

彼女はサーミ人であることに誇りを持っているという。
                                        

この映画でサーミ人のことを初めて知ったと書いたが、実は先週テレビでちょっぴり見た。

NHKBSプレミアム「世界わんわんドキュメント」という番組だ。

タイトルからして犬がメインである。
主役はトナカイを束ねる牧羊犬ならぬ牧トナカイ犬?だが、飼い主であるサーミ人の生活も垣間見えた。

今もトナカイを放牧して暮らす彼らは、のどかで牧歌的な日々を送っているように見えたが、実際のところはどうなのだろう。
                                        

特定の人種や文化の排斥は、どの時代にも、どこの地域にも生じるものだと監督は言う。
                                        

考えさせられる映画だった。

そして、ひとつ勉強した。賢くなったかは別だけど。


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by masayama-chan | 2017-09-23 20:47 | 映画三昧 | Comments(0)

「三度目の殺人」   

府中で、是枝裕和脚本・監督の話題作「三度目の殺人」を観た。


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感想を一言でいうなら、消化不良。

観終わった後なんかスッキリしない。
法廷ドラマなのに真実によって解決されないからなのか。

でも、それが是枝監督の狙いなのかなぁ。

判決をどうとらえるのかは、観客にゆだねられているのだ。


主人公は、勝つことにこだわる弁護士・重盛(福山雅治)。

事件の真実や、依頼人(被告)への共感・理解などは必要ないと言い切る。
大事なのは、
裁判で勝利を収めることだ。

そんなクールな重盛が担当することになったのが、強盗殺人の容疑で起訴された三隅(役所広司)という男。

解雇された工場の社長を殺害し、財布を奪った上、亡骸に火をつけた。
三隅には殺人の前科があり、このままでは死刑は確実だ。

重盛は、なんとか無期懲役に持ちこもうとする。

難しい裁判ではないはずだった。
だが、重盛の思い通りには事は運ばない。

三隅の話は面会の度にコロコロ変わり、動機が見えない。真実は何なのか?
                                              

重盛と三隅が面会する接見室のシーンが見せ場だ。

ガラス越しに対峙する2人。横顔のクローズアップ。

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掴みどころのない三隅に、重盛は翻弄されていく。
得体のしれない三隅は不気味だ。観客も翻弄される。

被害者の妻に、斎藤由貴が扮している。

三隅との不倫疑惑が週刊誌に書きたてられる下りには、失笑した。

間がいいのか、悪いのか。

事件のカギを握るのは、被害者の娘・咲江(広瀬すず)。

彼女がつぶやいた言葉は、監督のメッセージかもしれない。

「誰を裁くのかは、誰が決めるんですか?」

「ここ(法廷)では誰も本当のことを話さない」

派手な法廷シーンはないし、主人公が福山雅治でなければ地味な映画です。
役所広司の演技は、さすが!ですが。


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by masayama-chan | 2017-09-16 15:42 | 映画三昧 | Comments(0)

「夜明けの祈り」   

先週の木曜日、新宿武蔵野館で「夜明けの祈り」を観た。

午後予定していた約束がドタキャンになって、時間が空いた。

思いついて、昼食もそこそこにサッと新宿まで観に出かけた。

私にしては、珍しく早業です(;^ω^)



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実話である。

194512月、ポーランド。

赤十字で負傷兵の治療にあたるフランス人の女性医師マチルドのもとに、ひとりの修道女が助けを求めて来る。

一度は断ったものの、凍てつく空の下で祈り続ける姿に心を動かされ、マチルドは修道院へ出向く。

静寂に満ちた修道院は、厳かで中世時代のよう。

だがそこには、痛みに声を上げる出産間際の修道女の姿があった。

ランプの明かりのもと、マチルドは急きょ帝王切開に踏み切る。

無事赤ん坊を取り上げたものの、子供を身ごもった修道女は他に何人もいた。
修道院に押し入ったソ連兵の蛮行によるものだった。

妊娠を公にはできない。神に身を捧げる修道女にあってはならないことだ。公になれば修道院は閉鎖されてしまう。

どこにも相談できずに苦しむ修道女たちを救おうと、マチルドは職場には内緒で修道院へ通う。力を尽くす。彼女にとって何より大事なのは「命」だからだ。

一方で、修道院を守るためとはいえ、人の道を外れた院長の行動には唖然とした。

まさか神の導きではあるまい。信仰とはいったいなんなのだろう。

悲しいエピソードもあったが、希望を感じさせるエンディングにホッとした。

だが、史実とは異なるそうだ。

さらにマチルドのモデルとなった女性医師は、修道女に救いの手を差し伸べた翌46年2月、ワルシャワ近郊で事故死を遂げたという。

現実は、どこまでも悲劇的な事件だった。

「これは70年前の出来事だが、過去のこととは言えない」と、監督は言う。

世界に戦争がある限り、どこでも起こり得る出来事なのだ。
今も世界中で紛争が起きている。

深く考えさせられる映画だった。


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by masayama-chan | 2017-09-12 20:51 | 映画三昧 | Comments(0)

「幼な子 われらに生まれ」   

昨日は、テアトル新宿で、「幼な子 われらに生まれ」を観た。

原作は重松清。重松清らしさを期待するなら、期待を裏切らない作品だ。


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主人公の田中信(浅野忠信は、バツイチのサラリーマン。

再婚した妻・奈苗(田中麗奈)もバツイチで、2人の娘は奈苗の連れ子だ。

別れた元妻・友佳(寺島しのぶ)との間にも、娘が1人いる。

信は仕事より家庭を優先して(よって片道切符の出向を命じられるハメになるのだが)、血のつながらない娘たちと「家族」を築いてきたつもりでいた。

だが奈苗に新しい命が宿ると、長女は信に対してひどく反抗的になる。
憎らしいほど辛らつな言葉を浴びせる。

「やっぱりこのウチ、いやだ。本当のパパに会わせてよ」


観ながら、「難しいなぁ」と、信に同情した。

長女は小学6年生。思春期の入り口に立ったこの時期、女の子は本当に難しい。
親に対して批判的で反抗的だ。

実の娘でも手を焼くのに、ましてなさぬ仲ならいかばかりだろう。

妻の反対に耳を貸さず、長女を実の父親に合わせようと奔走する信は、立派なのか、やけっぱちなだけなのか。

探し出した本当のパパ・沢田(宮藤官九郎)は、ろくでもない男だった。

離婚の原因は、妻や子への暴力だ。

彼は娘に会う気はないと言い、「自分の人生に妻や子供は邪魔」とうそぶく。

妻・奈苗と元妻・友佳は、対照的だ。

奈苗は家庭的な専業主婦。友佳はバリバリのキャリアウーマン。

元妻・友佳は、キャリアを優先させるため信に内緒で子供を堕胎したことがある。

「仕事と子育てを両立すればいいじゃないか」と信は友佳を責めるが、それは男の正論だ(と私は思う)

キャリアを築くのにどうしても中断できない仕事があれば、「今ではない」と決断するのも止む得ないことではないだろうか。

「今産んだら一生後悔する」という友佳の気持ちに、どうしてもっと寄り添えなかったのだろう。

まぁ、だから2人は別れることにもなるのだが。

一方の奈苗は、やさしく穏やかで夫に寄り掛かって生きるタイプだ。

信のような男には理想的な(あるいは都合のいい)妻かもしれないが、沢田には重荷だった。

家でずっと自分の帰りを待つ妻が重くて、仕事帰りの足が遠のいた。

卑怯でだらしなく偽悪的な沢田だが、最後にチラッと覗かせる父親の顔が、微笑ましくもせつない。
                                          

新しい命の誕生ですべてが丸く治まるとは思えないが、新生児の産声には希望を感じる。。

信はこの先も、もがきながら悩みながら家族を紡いでいくのだろう。
                                        

原作は21年前に書かれたものだが、この手の話(血のつながらない親子)は普遍的なのでしょうね。
元妻・友佳が信に放つ言葉も……。
「理由は聞くくせに、気持ちは聞かないの。あなたって」

                                                            

<蛇足>

信が利用する最寄り駅には、斜行エレベーターがある。

「この駅、どこ?」と思ったが、西宮名塩駅とか。知らないはずだわ。

なのに、近所のふりして府中の伊勢丹デパートも出てきます(笑)


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by masayama-chan | 2017-08-30 17:51 | 映画三昧 | Comments(2)

「海辺の生と死」   

昨日、テアトル新宿で「海辺の生と死」を観た。

原作は、島尾敏雄の短編小説「島の果て」と、妻ミホの小説「海辺の生と死」。

あの「死の棘」の夫婦の出会いを、抒情豊かに描いた作品である。


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2次世界大戦末期、奄美群島の加計呂間島で、朔(島尾敏雄がモデル)とトエ(ミホがモデル)は出会う。

トエは国民学校の教師。

朔(さく)は、島に赴任してきた海軍特攻艇部隊の隊長。

死を覚悟した極限の状況の中で、ふたりは惹かれ合い、逢瀬を重ねる。

特攻戦の命が下された813日の夜、トエは頭から水を被って身を清め、死装束を身にまとって浜辺へ向かう。

朔の出撃を見届けたあと、岸に立ち喉に短剣を突いて自決するつもりでいた。

だが、出撃を前にして、終戦。

映画はここで終わるが、死をもって終わるはずだった2人の恋の行く末は、「死の棘」で私たちが知るとおりだ。

島の景色も言葉も唄も、民話?のように叙情的でのどかだ。

集団自決のための穴を掘る島民の表情も、なぜか悲壮には見えない。

それだけ死は身近だったのかもしれない。

トエに満島ひかり、朔隊長に永山絢斗が扮している。

若き特攻艇隊長の複雑な心理を演じた永山絢斗も魅力的が、満島ひかりの演技は圧巻。

「トエ役にはこの人をおいていない」と思わせる。

一途なひたむきさは、その後夫の情事により正気を失い精神に異常をきたすミホを連想させなくもなかった。


偶然にも、今図書館で借りてきた「狂うひと」を読んでいる。

梯久美子による島尾ミホの評伝だ。

650ページを超える大作で、明後日返却期限だというのに、まだ50ページくらいしか読んでいない(汗)

表紙の写真は、敏雄と出会ったころのミホ。

キレイな人でしたね。


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by masayama-chan | 2017-08-09 21:15 | 映画三昧 | Comments(2)

ジャッキー   

火曜日、下高井戸シネマで、「ジャッキー/ファーストレディ最後の使命」を観た。


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19631122日、テキサス州ダラス。

第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディが、オープンカーでパレード中に銃弾に倒れた。

世界中を驚愕させた暗殺事件だ。

目の前で夫を殺された大統領の妻・ジャクリーン・ケネディ(愛称ジャッキー)の人生は、この日を境に一変する。

大統領の暗殺から葬儀までの4日間を、ファーストレディであったジャッキーの視点から描いた映画である。

愛する夫の死を悼む時間もないほど、さまざまな対応に追われる。

葬儀の段取り、ジョンソン副大統領の大統領就任式への出席、ホワイトハウスからの退去……。

直ちに新しい大統領が就任するのは仕方がないことだ。政治の空白は許されない。

ただ事件直後から、夫が「過去の人」となっていくことに、寂しさと憤りを覚えるジャッキー。

ファーストレディとしての最後の使命は、夫の名を後世に残すこと。

決意を胸に、葬儀の式次第にあたっては自らの考えを主張する。

「夫を人々の心に刻みつける。圧倒的な美しさで」

画面は、ジャッキーを演じるナタリー・ポートマンの独壇場。

悲しみ、憤り、不安や混乱……。鬼気迫るアップの連続だ。

知的で意志的な顔立ちは、本人によく似ている(気がする)

まぁ、ご本人よりははるかに美しいけど。

回想を絡ませたホワイトハウス内のシーンが多いだけに、「退屈」という人がいるかもしれない。

私には、当時のファッションや白黒テレビ時代のホワイトハウスが興味深かった。

ナタリー・ポートマンの迫真の演技や美貌ぶりも十分楽しめた。

ところで、暗殺事件の真相は解明されたんでしたっけ?
犯人だと思われたオズワルドも狙撃されしまうんですよね。撃ったのはジャック・ルビー。
私が知っているのは、ここまでです。


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by masayama-chan | 2017-07-27 21:07 | 映画三昧 | Comments(0)

「劇場版ポケットモンスターキミにきめた!」   

おとといの海の日(17日)は、Tラと映画を観に行った。

タイトルは言うまでもない。

「劇場版ポケットモンスターキミにきめた!」

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娘は福岡へ出張中、この日はお婿さんも仕事のため、Tラは朝早くから我が家へやってきた。

前日の日曜日には、お婿さんと読売ランドへ行ったとか。

私には全く興味のない映画(失礼)だが、読売ランドよりはましか(笑)

「ポケモン」とは何か、概要を初めて知った。

固有名詞ではなく、ピカチューを始めとするさまざまな生物(キャラクター)の総称らしい。原点はゲームソフトだ。
                                             

この映画では、10歳の誕生日を迎えた少年サトシがポケモントレーナーの資格を得て、ピカチューをパートナーに旅に出る。

終盤の、ポケモン同士のバトルが見どころだ。
 
広い館内は親子連れでいっぱい。                                          

私の横にいた男の子は、リュックを背負って一人で観に来ていた。
小学3年生くらいかな。

画面にキャラクターが登場する度に、「あ、〇〇〇」とつぶやく。
すべてのキャラクターの名前を知っているようだ。

身を乗り出して食い入るように観る様子から、男の子のワクワク感が伝わってきて、なんだか微笑ましかった。

あと2、3年したら、Tラも一人で鑑賞できるだろうか。

映画館に連れてさえ行けば、一人で観ることはたぶんできるだろう。

私は私で自分の好きな映画を観るのだ。フフフ。
                                             


週末から、次女と一緒に里帰りしているネコ。

気配を全く感じさせないくらい、大人しい。

飼い主似かな。

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by masayama-chan | 2017-07-19 15:30 | 映画三昧 | Comments(0)

「22年目の告白-私が殺人犯です-」   

先週の木曜日、府中の映画館で、22年目の告白-私が殺人犯です-」を観た。
                                                   

私らしくもない映画(?)だが、実は出演者のひとりである仲村トオルの隠れファンなのです(別に隠れなくてもいいか)


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内容にはそれほど期待してはいなかったが、思っていた以上に面白かった。

ネタバレになるので詳しくは書けないが、予想外の展開、そして驚愕の結末だ!

1995年、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件が発生したこの年に、東京で5件の残虐な連続殺人事件が起きた。

未解決のまま時は流れ、時効を迎えた22年後の2017年、犯人を名乗る男が驚くべき形で登場する。

彼は事件を綴った手記「私が殺人犯です」を大々的に発表。
本はベストセラーとなり、一躍時の人となる。

犯人を名乗る男・曽根崎に藤原竜也。

犯人を逮捕寸前まで追い詰めながらも取り逃してしまった刑事・牧村に伊藤英明。

事件当初から取材を重ね、真実を追求してきたフリージャーナリスト・仙堂に仲村トオル。

仙堂がメインキャスターを務める生放送のニュース番組に、曽根崎と牧村が出演することになる。
テレビスタジオで対峙する2人。そこに、真犯人を名乗る人物が現れて……。
目が点の展開だ。

藤原竜也の演技が素晴らしいと評判?らしいが、私はあまり魅力を感じなかった。

伊藤英明は、私の知っている(つまり若いころの)伊藤英明ではなく、渋くて味のある俳優になっていた。

面白いが、残虐・猟奇的ともいえるシーンが多々あり。

年齢制限はないようだが、よい子にはお薦めできません。


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by masayama-chan | 2017-07-04 19:48 | 映画三昧 | Comments(2)