カテゴリ:映画三昧( 173 )   

山河ノスタルジア   

水曜日(18日)、Bunkamuraザ・ミュージアムで「俺たちの国芳 わたしの国貞」を観たついでに、ル・シネマで「山河ノスタルジア」を観た。
せっかくBunkamuraまで来たのだからと思ったのだが、「国芳、国貞」展に比べて館内は人影まばらで、ちょっと寂しい。

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映画は、1999年、2014年、2025年の3つの時代で構成されている。

1999年、山西省・汾陽<フェンヤン>。
小学校教師のタオは、幼なじみの2人の男性から思いを寄せられている。
炭鉱で働くリャンズーと実業家のジンシェンだ。
タオはジンシェンのプロポーズを受け入れ、2人の間には息子・ダオラーが誕生する。

2014年。タオはジンシェンと離婚し、一人汾陽で暮らしていた。
タオの父親が亡くなり、葬儀に出るために戻ったダオラーと再会。
父親と上海で暮らすダオラーは、見るからに洗練された都会っ子だ。
タオは、2人がオーストラリアに移住することを知る。

2025年、オーストラリア。
19歳のダオラーは、長い海外暮らしで中国語が話せなくなっていた。
豊かな生活の中にあって、逆にやりたいことが見いだせない。
そんな中、親子ほどに歳の違う中国語教師ミアと出会う。


タオとジンシェンが離婚に至る経緯は一切描かれていないが、そもそもタオはなぜジンシェンを選んだのだろう。
金儲けはうまいかもしれないが、自分勝手で品性に欠ける男だ。
かといって、リャンズーも経済力のないはっきりしない男。
私なら、たぶんどちらも選ばない(笑)

19歳になったダオラーが年上のミアに惹かれるのは、そこに母親の面影を見るからだろうか。
でもミアは、母親のタオよりもっと老けて疲れて見える。
ダオラーがミアに寄せる思いは、恋ではないのかもしれない。

まぁ、いろいろ突っ込みながら観ていたが、唐突な終わり方を含めて、なかなかいい映画だった。
経済成長著しい中国で、時代の波に乗る者、取り残される者。
長年炭鉱で働き貧困の中で病魔に倒れたリャンズーはもちろん、うまく時代の流れに乗り成功を収めたはずのジンシェンも、その恩恵に預かった息子のダオラーも、だれも幸せには見えない。
そして、時代がどんなに変貌を遂げようと、母が子を思い子が母親を慕う気持ちは普遍だ。
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by masayama-chan | 2016-05-21 21:13 | 映画三昧 | Comments(0)

「スポットライト」   

木曜日、府中の映画館で「スポットライト 世紀のスクープ」を観た。
今年のアカデミー賞の賞レースで、レオ様の大作(レヴェナント 蘇えりし者)を押しのけて作品賞に輝いた映画だ。

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(救急車事件の)肋骨の痛みは残るものの、安静にしているほどではないし、かといって家にいても満足に家事ができないので、ふと思い立って出かけた。


2002年、アメリカ・ボストン。
タイトルの「スポットライト」は、地方紙「ボストン・グローブ」の特集記事の名称である。
そのスポットライト紙面で、カトリック教会のスキャンダルが暴かれた。
実話を基に、スポットライトの担当記者たちが真実を追求する姿を描いた社会派作品だ。

カトリック系住民が多いボストン。カトリック教会は聖域である。
その聖域で、神父が教区の少年に性的虐待をしていた。
表ざたになった事件は氷山の一角で、その陰に莫大な数の加害者と被害者がいた。
取材を進めるうち、教会が組織ぐるみで隠ぺいしていた事実にたどり着く。

地味な作品である。派手な法廷シーンも、暴力的なシーンもない。
記者たちの地道な取材の過程が丁寧に描かれている。
教会という巨大な権力に立ち向かう彼らを突き動かしているのは、人としての正義であり、どこまでも真実を追求する記者魂でしょう。

地味だけど良心的な映画を作品賞に選んだのは、ハリウッドの矜持でしょうか。
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by masayama-chan | 2016-04-23 21:08 | 映画三昧 | Comments(2)

「恋人たち」   

先週、下高井戸シネマで「恋人たち」を観た。
2015年「キネマ旬報ベスト・テン」の日本映画第一位に輝いたほか、「毎日映画コンクール」の日本映画大賞も受賞した作品だ。


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昨秋の公開時(於テアトル新宿)には見逃してしまったので、今回私の好きな下高井戸シネマで観ることが出来で本当にラッキーだった。
こういうのを小さな幸せというのかなぁ。

主人公は3人。
3年前、通り魔によって妻を殺されたアツシ。弁当屋で働く主婦の瞳子。エリート弁護士の四ノ宮。
それぞれがそれぞれの事情を抱えている。
アツシは橋梁点検の仕事をしているが、妻を失った喪失感と悲しみから抜け出せない。
損害賠償請求の訴訟を起こそうと奔走するも、気持ちの面でも経済的にも追いつめられていく。

主婦の瞳子は、夫と姑の3人暮らし。
そりの合わない姑、家族に無関心で覇気のない夫。
姑と夫に気遣い、無難に家事をこなしながら、諦めたような人生を惰性で生きている。
平凡な主婦の日常が、あまりにもリアルで生々しく描かれている。
そんな瞳子の前に現れたのが、弁当屋の取引先である肉屋の弘。
瞳子は弘に魅かれ将来を託そうとするが、弘は危険な男だった。

一方、エリート弁護士の四ノ宮はゲイ。
自分を理解してくれていたはずの大学時代の親友に、思わぬ疑いをかけられて困惑し、焦燥感にかられる。

アツシと四ノ宮が、弁護士と客の関係であるのが後半になってわかるが、それ以外に3人の接点はない。
共通しているのは、自身の人生の生きにくさか。

瞳子は、弘の恐ろしい実態を見て目を覚まし、退屈な日常に戻っていく。
そこにしか、自分の居場所も未来もないのだ。
アツシは職場の同僚たちとのふれあいの中で、絶望的な悲しみから少しでも立ち直ることができるのだろうか。
アツシが同僚と橋梁点検へ向かうボートの遥か上に、青空が広がっていた。
ボートから見上げる切り取られた青空だけど、かすかな希望を予感させ、ほっとした。

光石研、木野花、安藤玉恵といった脇を固める俳優たちの巧みさに比べ、主人公3人の演技は素人っぽい。
それが、リアルさを増している。
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by masayama-chan | 2016-03-13 21:01 | 映画三昧 | Comments(0)

「キャロル」   

先週の初め、府中の映画館で「キャロル」を観た。
映画を観るのは久しぶり。今年に入ってから映画館へ足を運ぶ気になれないでいたが、この映画はぜひ観たいと思っていた。
期待を裏切らない、甘美で美しい映画だった。


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舞台は、1950年初めのニューヨーク。
クリスマスで賑わうデパートのオモチャ売り場で、店員のテレーズ(ルーニー・マーラ)はひとりの女性客に惹きつけられる。
美しい金髪と真っ赤な唇、ゴージャスな毛皮をまとった隙のない美貌の持ち主の名は、キャロル(ケイト・ブランシェット)。
彼女は娘のクリスマスプレゼントを買いに来たのだった。
見つめ合うキャロルとテレーズ。この出会いの瞬間に、ふたりは恋に落ちたのだ。

キャロルは裕福な主婦だが、心の通わない夫との結婚生活は破たんしていた。
娘の親権を巡って夫と争い、苦悩と悲しみの中にいる。
一方のテレーズは、写真家になる夢を抱く若き女性。
結婚を熱心に迫る男性もいるが、踏み出せない。

キャロルとテレーズは、出会った瞬間にお互い心を奪われ、相手を求めずにはいられない。
そのプロセスが、切ないほどていねいに描かれている。
女性同士だが、純粋なラブストーリーだ。

終盤、許されぬ恋は終わりを迎えると予想したが、ラストシーンは思わせぶりだった。
二人の恋はどこへ向かうのだろう。

それにしても、ルーニー・マーラの変貌ぶり。
「ドラゴン・タトゥーの女」の顔中ピアスの印象が強烈なのだけど、この映画では清楚で可憐で一途だ。
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by masayama-chan | 2016-02-29 17:07 | 映画三昧 | Comments(3)

「追憶と,踊りながら」   

昨日、下高井戸シネマで、「追憶と,踊りながら」を観た。
甘く、切ないタイトルに惹きつけられた。

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ロンドンの老人ホームで暮らすカンボジア系中国人のジュン。
長くロンドンに暮らしていても英語ができない。夫を亡くした彼女にとって、唯一の頼りは息子のカイだ。
だが、カイは突然の事故で亡くなってしまう。
カイと同居していた友人のイギリス人青年リチャードは、ジュンに会いに足繁くホームに通うが、ジュンはなかなか心を開こうとしない。
ジュンはリチャードを嫌っていた。

老人ホームで暮らすジュンに、当初は「この若さでホームに?」と違和感を持った。
肌はハリがあるし、どう見ても60代前半。意志的な中年女性のイメージだ。
本人も、「こんなところに閉じ込めて!」と不本意な様子である。
でも、しばらくして合点がいった。

カイには母親と一緒に暮らせない事情があった。
同居するリチャードは友人ではなく恋人だ。カイは母親に自分がゲイであることを打ち明けられずにいた。
だから3人では暮らせない。かといって、英語のできないジュンを独りには出来ない。
ホームに入れたのは苦肉の策だ。

愛した人を失って、その母親の世話をしたいと願うリチャード。心を固く閉ざすジュン。
カイとリチャードは友人ではなく恋人同士であることを、ジュンは薄々感づいていたと私は思うのだ。だって、母親だもの。だから、リチャードを嫌っていた。嫉妬していた。
共通の言語を持たない2人が、お互いを理解し歩み寄ることは出来るのだろうか。

切なくて、哀しくて、とても静かな映画だ。
静かすぎて、不覚にも途中で爆睡してしまった(汗)
でも派手な展開はないので、爆睡しても大丈夫。話にはついていけます(笑)

それにしても、リチャードとカイが愛し合う姿は、微笑ましく美しい。
男同士のラブシーンでも違和感なく見られるのは、2人の俳優の魅力によるものでしょう。
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by masayama-chan | 2015-09-17 14:29 | 映画三昧 | Comments(4)

「きみはいい子」   

今日、テアトル新宿で「きみはいい子」を観た。

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原作(中脇初枝の同名の小説)を読んだのは、一年くらい前だったか。
ストーリーはうろ覚えだったが、「そうそう、確かこんな話だった」と記憶が呼び起こされる場面がたくさんあった。

岡野(高良健吾)は、小学校の新米教師。
4年生の担任だか、優柔不断で頼りなく、親からは未熟さを指摘され、子供たちからは舐められている。
クラスは学級崩壊状態だ。

雅美(尾野真千子)は、夫の単身赴任で3歳の娘と2人で暮している。
何不自由のない暮らしのはずなのに、ささいなことで娘を怒鳴り暴力を振るってしまう。

あきこ(喜多道枝)は、通学路に住む独居老人。
ある日スーパーでお金を払わず出てしまい、認知症の兆しにおびえる。

同じ街に住む彼らに特に接点はなく、三者三様の話が交互に展開する。
学級崩壊、いじめ、虐待、虐待の連鎖、独居老人の孤独。

岡野は、放課後も校庭で過ごす担任の男児(神田さん)に気付く。
「5時になるまで家に帰ってくるな」と義理の父親に言われているらしい。
雨の日に神田さんをアパートまで送って行った岡野は、ドアの前で父親と居合わせる。
父親から虐待をうけているのではないかと疑いつつも、もうひとつ踏み込めない。

全部書くと長くなるので省略するが、この映画の描こうとしているのは、
平凡なようだが、「人の優しさ。温かさ」だ。
ぐっと抱きしめてもらうことで伝わる温かさ。寄り添い共感することの大切さ。
優しく寄り添い抱きしめることで、人は人を救うことが出来るかもしれない。
そう思わせてくれるヒューマンドラマだ。

ラスト、岡野は神田さんのアパートのドアをたたく。
ドアの向こうの神田さんを救うために、勇気をもって強くたたくのだ。
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by masayama-chan | 2015-07-02 20:14 | 映画三昧 | Comments(0)

「フォックスキャッチャー」   

先日、下高井戸シネマで「フォックスキャッチャー」を観た。

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2月に公開されたときは見逃した。
映画評を読んで興味を惹かれたが、チェリーのことで映画どころじゃなかったからだ。
諦めていただけに、今回下高井戸で観ることができてラッキーだった。

1996年1月。
アメリカ屈指の大財閥の御曹司が、レスリングの5輪金メダリストを射殺した。
実話である。

ロサンゼルス金メダリストのマーク(チャニング・テイタム)は、職を失い困窮した生活を送っていた。
レスリングはアメリカではマイナーな競技なのか。

そこに大財閥デュポンの御曹司ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から支援の声がかかる。
レスリング好きのデュポンが自ら作ったチーム「フォックスキャッチャー」に来ないかと。
もちろん、破格の待遇だ。

やがて、マークの兄で同じ金メダリストのデイヴ(マーク・ラファロ)もチームに加わり、ソウル5輪での金メダルを目指すことになる。

ジョン・デュポンの支配に、次第に苛立ちを覚え始めるマーク。
よき家庭人であり、よき指導者であり、周りからも慕われる兄デイヴへの気持ちも複雑だ。
兄から自立したいと思いながらも、依存から抜け出せない。

自然の中に立つ豪華な屋敷とトレーニングルームの中で、3者の得体の知れない不気味で歪んだ関係が、暗く沈んだ画面の中で展開する。

マークはソウル5輪で敗れ、「フォックスキャッチャー」を去った。
雪の積もった静かな朝。ジョン・デュポンは思い立ったように外に出る。
そしてデュポン家の敷地内にあるデイヴの住まいまで来ると、車から出てきたデイヴを銃で撃つ。あまりにも唐突に。

ジョン・デュポンが、なぜそこまでデイヴに殺意を抱いたのか、私には謎だ。
それは、たぶんジョン・デュポンにしかわからないのだろう。

2010年12月9日、ジョン・デュポンは獄中で病死した。
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by masayama-chan | 2015-06-12 10:11 | 映画三昧 | Comments(0)

「あの日の声を探して」   

連休の一日、娘と映画を観に行った。
新宿武蔵野館で上映中の、「あの日の声を探して」

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娘とふたりで映画を観るのは久しぶり。

独立を求めるチェチェン共和国にロシアが軍事侵攻した第二次チェチェン紛争が背景だ。
1999年のチェチェン。ロシア軍に両親を殺された9歳の少年ハジは、赤ん坊の弟を連れて逃げるが、途中で民家の前に置き去りにしてしまう。
両親が殺されたショックと、小さな弟を置き去りにした自責の念から声を失ってしまったハジ。
収容された施設を飛び出してさまよっていたところを、EU職員のフランス人女性キャロルに声をかけられ一緒に暮らすようになる。

並行して、ロシア軍に強制入隊させられた19歳の青年コーリャが描かれる。
軍隊内部の理不尽な暴力に、次第に人間性を失っていくコーリャ。

ハジとコーリャとの間には接点はない。
ハジの結末に救いがあることに対し、陽気で無邪気な若者だったコーリャが非情な兵士に変貌を遂げるラストは、戦争の残酷さを見せつけ心が凍る。

キャロルがEUの会議場でチェチェンの実情を必死に報告する場面が印象的だ。
各国の委員の反応は冷たい。関心を示さない。
かくいう私も、チェチェン紛争には関心がなかったというか、よく知らなかった。
無関心も無知も、また罪なのだろう。

チェチェンの風景や人々の様子は、まるでドキュメンタリー映画をみているよう。
感動的な場面もあるが、教えられることの多い作品だった。


新宿武蔵野館には久々に行ったが、座席がネット予約できるようになっていてビックリ。
以前は早めに行って、整理券(番号札)を貰っていたのにね。
それはそれで懐かしい。
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by masayama-chan | 2015-05-09 16:57 | 映画三昧 | Comments(0)

百円の恋   

昨日、テアトル新宿で「百円の恋」を観た。

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安藤サクラ演じる32歳の一子は、弁当屋を営む実家暮らし。
働くこともせず、ゲームをしてだらだらと無為な日々を送る。
ボサボサの髪、ゆるゆるの部屋着、しまりのない体型、投げやりでふてくされた態度。
安藤サクラの演技があまりにもリアルで、一子の生活状態に開いた口が塞がらない。

ある日、弁当屋を手伝う出戻りの妹と激突し、やけになって家を出る。
この姉妹のケンカが、暴力的でまぁ凄まじい。
必死に止めようとする母親には、同情せずにはいられないです。

独り暮らしを始めた一子は、100円ショップで深夜勤務の職を得る。
帰り道にあるボクシングジムで、ボクサのー狩野と知り合い、彼の試合を見に行ったことから一子の中に熱い思いが宿る。
自分もボクシングがしたい。ボクサーとして闘いたい。

安藤サクラが、とにかく凄い。
ボクシングを始めて、顔つきも体型も、どんどんしまって変化していく。
美人でもないし、可愛くもないし、演技もうまいんだか棒読みなんだか、よくわからなかった。これまでは。
でも、この映画の一子は安藤サクラ以外には考えられない。
一線を越えたような圧巻の演技だ。

殴られて、蹴られて、血まみれになって、よれよれになって、なんとか立ちあがる。
闘わなければ、なにも変えられないのだから。

32歳の一子に言うのはなんだが、これは一人の女性の成長物語だ。
最近の一押し!
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by masayama-chan | 2015-01-15 15:44 | 映画三昧 | Comments(4)

バンクーバーの朝日   

今年最初の映画は、「バンクーバーの朝日」

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年末に観てきた娘が、「始まってわずか5分で泣けた」と言う。
期待しないではいられない。

物語の舞台は、第二次大戦前のカナダ・バンクーバーの日本人街。
主役は製材所で働く日系2世のレジー(妻夫木聡)。
低賃金の過酷な労働と人種差別の中にあって、彼の唯一の楽しみは野球だ。
漁師のロイ(亀梨和也)や同僚のケイ(勝地涼)、豆腐屋のトム(上池雄輔)らと野球チームを結成している。
その名も「バンクーバー朝日」
体格とパワーで圧倒的に勝る白人チームに全く歯が立たない弱小チームだ。

負け続ける中、レジーはある日ひらめく。
バンドや盗塁を駆使して点を稼ぐ手法を。いわゆる頭脳プレーだ。
この作戦で「バンクーバー朝日」は勝利を重ね、ついに地区で優勝するまでに……。

ただ、観ていて胸のすく痛快な野球映画では終わらない。
太平洋戦争が始まると、日系人たちは敵性外国人ということで、収容所送りとなる。
やがて終戦。「バンクーバー朝日」が再結成される日はこなかった。

始まって5分で泣くことはさすがになかったが、後半レジーが父親(佐藤浩市!)に語る言葉に泣けた。
「野球がやれるなら、ここに生まれてきて良かったと思える」
貧困と重労働と容赦ない人種差別、そんな過酷な環境にあっても、「ここに生まれてきて良かったと思える」と言える謙虚さ、健気さ。
健気といえば妹のエミー(高畑充希)も、痛々しいくらい健気。
たぶんこの映画は、そんな日系人の佇まいを描きたかったと思うのだ。

それにしても、亀梨和也は阿部サダヲに似ている。
亀梨ファンには申し訳ないが、ホントそっくり。
申し訳ないというのも、阿部サダヲに悪いか(笑)


観終わったあとは、いつものお蕎麦屋さんで具沢山の「けんちん蕎麦」

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by masayama-chan | 2015-01-06 22:47 | 映画三昧 | Comments(4)