「たとえば君」
2013年 02月 22日
河野裕子 21歳、出会いのころ
娘が図書館から借りてきた「たとえば君」を断りもなしに読んでいる。
2010年に64歳で亡くなった河野裕子さんは、短歌に縁のない私でも知っている有名な歌人だ。
「たとえば君」は、彼女の死後、夫で同じく歌人の永田和宏さんが、お互いを詠んだ歌を選んでまとめたもの。
その数380首。
出会いから別れまで、二人は相手を詠む歌を作り続けた。
サブタイトルは、「四十年の恋歌」
家庭の日常の中で詠んだはずなのに、ハッとする歌がたくさんある。
たとえば、
「つきつめて思えば誰か分らざるあなたに夜毎の戸を開けて待つ」
「羞(やさ)しさや 君が視界の中に居て身震ふほどに君が唇欲し」
河野裕子「桜森」より
「抱き寄せて女わがものとなるまでの時間(とき)長きかな窓を打つ雨」
永田和宏「無限軌道」より
「むこうむきに女尿(ゆまり)す黄の花の揺らげる闇にわれを待たせて」
永田和宏「やぐるま」より
夫婦なのに、どうしてこんなに切なくて官能的ですらある歌を詠めるのだろう。
夫婦だからか。
「夫婦というのは、ひとことでつき崩れてしまうはかない脆いつながりである。このはかなさを切実に感じるからこそ、関係を大切に必死で守っている」
と、河野さんの文章にある。
「相手が何者なのか、わからない。そのわからなさが、私を駆り立てるのだろう」と。
絶筆
「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」
河野裕子「蝉声」より(口述筆記)
永田さんには、妻亡きあと詠んだ挽歌が100首以上あるとか。
それも、やがて本になって私たちに届けられるでょうか。
******************
明日は、Tラが4月から通うことになる保育園の説明会がある。
娘が仕事なので、代理で出席する。
健康診断があるため、Tラを連れて。
週末は、「たとえば君」とは別世界にいる。
by masayama-chan | 2013-02-22 23:06 | 本だな | Comments(4)
一生を共にするというのはすごいですね。
和歌ってよく分からないのですが、けっこう現代的な言葉や
エロティックな言葉も使っているのね。
うーん、すごいご夫婦だわ。
Tラちゃんは正式な保育園に入園できたのかしら。
うちのは無認可保育園しか入れなかったみたいです。
かなり条件が厳しいみたいで、これでは子どもを育てながら
仕事をするというのは難しいと思うわね。
お嬢さんは正社員なのに、そこまで競争は厳しいのね。
娘は、「入ってしまえばこちらのもの。夜勤はやっぱりきついから、パートにしようかな」なんて言っているんですよ。
40年も相手を想う歌を詠み続けるのは、お互いよく観察してないとできないわよね。
魂の激しいやりとりもあったことでしょう。
凡人夫婦には考えられないわ。
娘は3月半ばまで保育園が決まらないのよね。そこで入れないと、毎日病院まで一緒に通って、院内保育になるようです。
私は、4月のならし保育の時に、広島まで行くのか行かないのか、わからないのよね。いまだに。
Tラの場合、病院の保育園のほうが実はずっと便利なの。地理的にもだけど、夜勤のときは夕飯を食べさせて遅くまでおいてくれるし、少しぐらい熱があっても様子を見てくれるし。なにかと融通が利きます。
でも、保育の質や環境を考えると、入園の決まった保育園にどうしても入れたかったみたいです。
Sちゃんも、希望する保育園に入園できるといいね。
河野さんは、亡くなる前日まで歌を詠み続け、かろうじて聞き取れるほどの小さな声で話すのを、家族が書き留めたそうです。
生まれながらの歌人でしたね。