「爪と目」
2013年 10月 11日
第百四十九回芥川賞受賞作「爪と目」の書き出しだ。
文芸春秋の9月号に掲載されているのを、今日やっと読んだ。
この書き出し、一瞬「?」と、戸惑いません?
語り手の「わたし」は小さな女の子で、「あなた」は「わたし」の父の愛人、
というのが読み進めていくうちにわかる。
やがて「わたし」の母が死んで、「あなた」は「わたし」の義母になる。
「あなた」は中学生のころからハードコンタクトレンズを愛用していた。
マスカラの粉やゴミが目に入った時の描写が、実に細かくてリアルだ。たとえば、
「慣れた動作で照明にレンズを透かし、舌の先で一舐めし装着し直す……」といった具合。
私(マサ)も10代のころから長い間ハードレンズを使用していたので、この動作、すごくよくわかる。長時間使い過ぎたときのヒリヒリ感も。
ちょっと話が逸れたが、ハードコンタクトレンズは、この小説の重要な小道具だ。
「あなた」の日常が、「わたし」の視点で静かに描かれている。
選者の小川洋子さんが「無表情」と評していたが、確かにそんな感じ。「無表情」は不気味でもある。
結末は衝撃的なようでいて、予想できなくもなかった。
「あなた」の胸の上に「わたし」が乗り上がって膝で「あなた」の肘を押さえ、まぶたをこじあける。
そして、磨りガラスのように不透明で、いびつな円形のものを眼球に押し当てる。
「これでよく見えるようになった?」
それは、マニキュアの薄片だった。
「マニキュアを塗ってあげるから、もう噛んじゃだめ」と、「あなた」は透明のマニキュアを「わたし」の爪に塗ってくれたのだ。
なぜなら、「わたし」が、ギザギザの爪で幼稚園のお友だちを引っ掻いてしまったから。
(爪がギザギザなのは、噛むのが癖だったから。ときどき血を流すほど)
よく訓練された歯で親指に塗られたマニキュアを剥がし取ることなど、「わたし」にはわけもないのに。
「あなた」は、良心または良識など持ち合わせていない薄っぺらな女だが、「わたし」を虐めるわけでもなく、得に悪い女とも私(マサ)には思えない。
その辺にいそうな、ジコチューで軽薄な若い女だ。
ホラー的結末には、「あなた」への作家の悪意を感じた。
選者の評もさまざまだ。
高樹のぶ子さんは、「私は女性のネガティブな攻撃性が苦手である。冒頭の一文からつまずき、文学的評価は他の委員に譲るしかなかった」と、選評を投げている。
一方、小川洋子さんは、「瑣末な日常に走る亀裂に触れたような、快感を覚えた」と高評価し、押している。
なんだかわかる。
高樹のぶ子さんの芥川賞受賞作「光抱く友よ」は女生徒の友情を描いた作品だったし、小川洋子さんの同受賞作「妊娠カレンダー」は姉妹のネガティブな感情を描いた静かで不気味な作品だった。
私には、最近の受賞作の中では、「共喰い」と同じくらい面白かったかな。
by masayama-chan | 2013-10-11 21:06 | Comments(4)
芥川賞作品は何冊か読みましたが、よく分からないのが多い、というのが実感ですね。
でもハードコンタクトレンズのことはよく理解できますよ。
私も18歳のときからしていましたから。今まで何回落として、何回作り変えたことか・・・。ぺろっとなめて装着していましたよね。
この作者も、きっと若いころから(まだ十分若いけど)使っていたんでしょうね。でないと、これほど細かく描写できないと思うわ。
この作品は決して難解ではなく、読み始めたらスラスラ読めてしまいますが、好みは別れると思います。
小川洋子の「妊娠カレンダー」がすごく読みたくなって、図書館で借りてきてしまいました。家にもあったはずなんだけど、見当たらなくて。
面白いなら読んでみようかな(笑)
やっとイタリア自転車の旅の記録が終わりそうなのでちょっと時間が出来そう〜でも秋は行事が多くて忙しいですね。
去年はオランダ、今年はイタリア、ご夫婦で素晴らしいですね。
文芸春秋を愛読するおじさんは、まず読みそうもない小説ですね。
私は、受賞作より、選者の選評を読むのが楽しみなの。
今回の受賞作は短くてスラスラ読めるので、お時間があれば読んでみてください。好みは別れると思いますが。