東大病院へ
2014年 03月 27日
1月に左目、12月に右目。
これで進行は抑えられたと楽観していた。
でも、再び眼圧が上がり、視野もいっそう狭くなってきた模様。
左目は視野がほとんど欠けていることを、私は最近になって知った。
かかりつけの眼科の医師から、「東大病院を受診して」と紹介状を渡され、今日冷たい雨の中、母に付き添って出かけた。
再度の手術を半ば覚悟していたが、すぐに手術の話にはならず、今日のところは、「目に針で孔を開ける」治療を行った。房水を流れやすくする?
これで取りあえず眼圧が下がっても、2、3か月で戻ってしまうこともあるらしい。
その時は、やはり手術ということになるのだろうか。
母は足腰が丈夫で姿勢がいいのが取り柄だが、最近は歩行がおぼつかなくなってきた。
足が悪いわけではない。視野が欠けているからだ。暗い場所は恐いと言う。
徐々に視野が狭くなり見えなくなっていくのは、どれほど不安なことだろう。
そんな母が可哀そうで仕方ないが、何もしてあげられない。
でも、口が達者で元気なのは相変わらず。
病院の待合室でもお喋りが止まらず、何度「シー」と言ったことでしょうね。
by masayama-chan | 2014-03-27 22:20 | Comments(8)
だんだん視野が狭くなるというのは、本当にお辛いでしょうね。でも独り暮らしができるのですから、慣れた場所なら大丈夫なのでしょうね。それにお口も達者なのが一番だわ。
チェリーちゃん、お母さまと目の病気が続きますが、どうぞお大事にね。
母は、「視野がほとんど欠けてうっとおしいから、いっそう全部見えなくなった方がスッキリするかも」なんて、言うのよ。ずいぶん大胆な発想でしょ(苦笑)
医師は「なんとか視力を残してあげたい」と一生懸命になってくれているし、私も手術が必要なら受けて欲しいと思っています。
全く見えないのと、少しでも見えるのとでは全然違うと思うのよね。
帰りに、東京五輪の話になって、「お母さん、それまで元気でいてね」と言ったら、「当たり前じゃない。6年なんてあっという間だよ」と言うの。一応、前向きです(笑)
1 回目は、せっかく手術をして、穴をあけたのに、あっという間にふさがって、次の手術では、抗がん剤を、穴というかメスで切った箇所にいれて、穴がふさがりにくくなるようにしましたね。
一体、この目んに穴をあける手術は、3ヶ月ごとにいつまで続くのかと思ったけど、3回目のあとは、とりあえず、手術はしないですんで、今にいたっています。
目があまりよく見えなかった時は、外を歩いていても、窓ガラスの外枠にぶつかったりしていました。
お母様、お大事にしてくださいね。
でも、3回目の手術のあとは眼圧も安定しているんですね。
母の場合、今回の対処で眼圧が下がらなかった場合、「もうちょっと大きな孔をあけてみる」とか。それでダメなら入院して手術になるのかと。
母は、「もう入院はイヤ」と言っていますが、私としてはちょっとでも進行を抑えられる可能性があれば受けて欲しいと思っています。
時々(悪天候や夜など)、母は白杖をついて歩いています。
父の使っていた杖に自分で白いテープを巻いたの。
勝手に白いテープを巻いていいのかはわかりませんが、「これをついていると周りが親切」と言っています(苦笑)
そして、視神経をやられると、一発で視力を失うそうなので、いやだとは思いますが、なんとか手術を受けて、かわいいひ孫の生長を見られるようにしてくださいね。
医師は、87歳という母の年齢を考えると手術はそこまで強くは勧めないと思いますが、私は100歳まで母は生きると思っていますからなんとしても受けさせたいです。
Tラの成長を見守らなくちゃね。それ以上に、母はS子の花嫁衣裳を見たいと思います。おっと、これは禁句ですが(笑)
その薬を飲むと、眼圧は下がるけど、強い薬で、ビールがまったくおいしくなくなるそうです。日本酒ならなんとか飲めるっていってるけど、わざわざ飲まなくてもいいのにね。(笑)
しばらくは、近くのF眼科で様子を見ることになっています。
ここの主治医が、東大からきている医師なのよね。若い女性で、ヒラヒラしたスカートをはきジャラジャラとブレスレットをつけた可愛い女性です(どうでもいい話ですが)
ビールがおいしくなくなるなんて、けしからんお薬ですね(笑)
でも、私はこのところビールは控え目にして、ワインを飲んでいます。体によさそうだから(笑)